2015年01月30日

>「この国」から希望が失われてゆくのか。

「この国」から希望が失われてゆくのか。


「日本人なら潔く自害せよ!」

 イスラム国により拘束された日本人人質に対して、facebook上で発せられたコメントだ。
自ら命を奪う行為には、どこにも潔よさなどない。
 しかし、臆面もなく、醜悪に死を強要する彼ら彼女は、イスラム国の輩と何ら変わりない、自分とこの国を辱めているだけだ。


 
 例えば、かつてサムライ階級には切腹という自殺の制度が存在した、サムライは名誉を何よりも重んじ、名誉が損なわれとき、サムライにとって自らの命を棄てるに十分な理由となった。
一方では、切腹は多くの複雑な問題解決の鍵でもあった。

"真のサムライにとっては、いたずらに死に急ぐことや死を恋いこがれることは、卑怯と同義であった……"と新渡戸稲造氏は、「武士道:三笠書房」で述べている。

 その実例として新渡戸氏は、一人の典型的なサムライを例に挙げている、その典型的なサムライとは、戦国末期に尼子氏に使えて武名高く、尼子氏の再興を願い各地を転戦した山中鹿之助である、名前を聞いた方もおおかろう、NHKの大河ドラマ:黒田官兵衛でも登場した。

 少し長いが「武士道」から引用する
 ”次々に戦いに敗れ……刀欠け、弓折れ、矢尽きて、ただ一人ほの暗い木のうろで空腹に耐えな兼ねている己を見いだし、……キリスト教徒の殉教者の不屈の精神に近し心境で一首を詠じて自らを励ました。

  憂い無のなほこの上に積れかし
      限りある身の力ためさん 

 あらゆる困苦、逆境にも忍耐と高潔な心をもって立ち向かう、これが武士道の教えであった……”

 
サムライの徳目に義・勇と共に仁がある、仁は優しく母のような愛だと新渡戸氏は説く。

 「最も剛毅なる者は柔和なるものであり、愛ある者は勇敢なる者である」は普遍的真理だろう。

 だから、仁の心根をもった者は決して「日本人なら潔く自害せよ!」などと突き放したりはしない、サムライの世界では、いたずらに死を強要することは卑怯者のそしりを免れないから。

  
 ”敗れたる者を慈しみ、傲れる者をくじき、平和の道を立つること
                            これぞ汝が業
          ウェルギリウス(古代ローマの詩人)

 同じ天をいただく同胞として、後藤さんが、ヨルダン人パイロットのムアーズ・カサースベさんとともに無事に救出されんことを心から願う。

 


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